【症例】
猫種:ベンガル
年齢:7歳9ヵ月
性別:避妊雌
*画像はご家族様にご許可をいただき掲載しております。
【概要】
活動性・食欲の低下を主訴に夜間診療帯にご来院されました。来院時すでに呼吸促拍を呈していたためレントゲン検査を実施。
両肺とも肺野全域に顕著な不透過性亢進像を認め、肺エコーにて両肺とも明瞭なB-lineを認めました。
心エコーにて顕著な左房拡大と大動脈弁下基部の肥厚を認め、その他明らかな心臓の器質的・機能的異常を認めなかったため肥大型心筋症と診断しその他画像検査と合わせ、肥大型心筋症 ACVIM StageCと診断いたしました。
また身体チェックにて口腔粘膜が蒼白であったため、血液検査を実施したところ、Ht 10.0%、白血球1890/㎕、血小板8900/㎕と汎血球減少症を確認いたしました。エコー検査にて胸水・腹水は認められず、急性出血は除外され、血液塗抹標本にて再生像は確認されず、明らかな血球寄生体は確認されませんでした。
院内FeLV/FIVスナップ検査にてウイルス感染は陰性が確認され、その他血液生化学検査では黄疸は確認されず、軽度な肝数値、BUNの上昇以外は大きな異常は認められませんでした。
呼吸促拍の筆頭鑑別として肥大型心筋症を挙げICU管理下にてフロセミドCRI 1mg/kg/hrから開始(呼吸状態に応じて適宜漸減)いたしました。
血球減少症の鑑別として、感染性、薬物・中毒物接種、骨髄疾患、腫瘍性を挙げ追加検査を実施。IDEXX ベクター媒介パネルの提出により各種感染は陰性を確認(Cytauxzoon felis. Hemotropic mycoplasmas. Anaplasma spp. Bartonella spp.Ehrlichia spp)、薬物・中毒物接種はオーナー様への問診により可能性は非常に低いと判断いたしました。
骨髄疾患として再生不良性貧血、骨髄異形成症候群、その他自己免疫性疾患から続発する汎血球減少、骨髄勞を挙げ追加検査として骨髄穿刺が検討されましたが、心不全が併発している患者であったため麻酔下での検査はリスクが高いと判断し、実施はご家族様ご同意のもと割愛とさせていただき、免疫抑制剤としてステロイドの投与を開始いたしました。
【治療経過】
第37病日現在呼吸状態は安定しており、良好な一般状態が維持できております。
【まとめ】
肥大型心筋症については急性期の治療後第11病日に胸水の貯留を認めました。呼吸状態の大きな悪化は確認されなかったため経過観察としておりましたが、第18病日に明らかな胸水貯留の悪化を認めたためフロセミドを追加しています。第37病日には胸水は消失しており、本人の一般状態も良好のため、フロセミドをSIDに漸減し経過観察中となっております。
汎血球減少症について、本来は原因精査のため骨髄穿刺が必要なところですが、心不全の併発による麻酔のリスクを考え実施を敬遠いたしました。
鑑別に挙がる疾患リストとして免疫抑制療法が奏功する可能性のある疾患が複数存在していたことから、ご家族様と協議させていただき、ご同意のもとステロイドの使用を実施いたしました。
結果第11病日を境に血球系の回復が確認され、第37病日にはHtも参考基準値を維持可能なレベルまで改善いたしました。
治療反応から再生不良性貧血、骨髄異形成症(RA、あるいはRARS)を疑い免疫抑制剤を主軸とした治療内容をご提案しております。
第37病日以降ステロイドは1.38mg/kg/dayに変更指示しており、3週間後経過観察予定となっております。
【再生不良性貧血(Aplastic Anemia : AA)】
AAは多能性幹細胞の持続減少による末梢血の汎血球減少(貧血、好中球減少、血小板減少)と骨髄の低形成を特徴とする猫ではまれな症候群です。過去の報告では128例の猫の骨髄標本のうちAAは10.3%程度と報告されています(1)。
AAは原因により先天性と後天性に分けれられ、後天性はさらに感染性、化学/天然物、薬物、毒物、放射線への曝露などによる続発性AAに分類されています。
ヒトの続発性AAにおいては造血幹細胞の減少メカニズムとして造血幹細胞そのものの質的異常と免疫学的機序による破壊の2つが考えられています。猫において同様のメカニズムは明らかになっておりませんが、一部の猫は免疫抑制剤が奏功することから同様の機序が存在しているのではと考えられています。しかしながら猫のAAは犬と比較し情報が少ないのが現状であり、一部の報告では猫のAAのうち最も多いのは特発性AA(38%)と報告されています(1)
診断には末梢での汎血球減少と骨髄検査による低形成髄の確認が不可欠です。骨髄検査により低形成髄の確認と汎血球減少を起こす他の骨髄疾患(骨髄繊維症、骨髄異形成症候群、骨髄壊死など)の除外が可能ですがAAの病因に関する情報は得られないため骨髄検査前に十分な問診や身体チェック、血液検査や画像検査によるスクリーニング検査が重要です。
治療には原因となる先行する病態が存在しているようであれば原因疾患の治療が重要です。特発性AAには免疫抑制剤が奏功する場合があるため使用は十分検討する価値があります。そのほか血小板減少症や好中球減少症に対して起こる種々のトラブルに対しては適宜対応していく必要があります。特発性・続発性AA双方骨髄の回復には時間がかかることが多いため、このような支持療法は繰り返し必要になることが多いとされています。
予後(科学的に予見される今後の展望)に関しては不明な点が多くまとまった報告はされておりません。
免疫抑制剤が奏功することは報告されておりますが、まだ少数であり死亡率は高いことが予想されていますが不明な点が多いのが現状です。
しかし一部の猫は汎血球減少が持続していても長期生存することも報告されているため、AAの可能性が高くとも、動物の状態を適切に評価しながら治療にトライすることは価値あるものと考えております。
今回の患者様は重度な汎血球減少に加え、心不全も合併しており初期の治療と検査に適切な判断が必要でした。
当時の苦しい姿からは想像ができないほど現在はご自宅で元気に生活ができているようですが、我々の力だけでは成し得なかったことであり、ご家族様の献身的な治療姿勢とご理解によるものであると心から感じております。
今後はステロイドと利尿薬の減薬を目指し通院予定となっております。
【参考文献】
1) Aplastic anemia in cats – clinicopathological features and associated disease conditions 1996-2004.
Douglas Weiss. J Feline Med Surg: 2006 Jun : 8(3):203-6.