アジソン病(副腎皮質機能低下症)を疑った犬の1例

<症例概要>
犬種:プードル
年齢:4歳6ヵ月
性別:避妊雌

夜間に食欲低下、震えを主訴にご来院いただきました。
来院時意識レベルは清明であり自力での起立は可能。発熱はなくその他身体検査上大きな異常は認められませんでした。

ご家族様と協議の結果血液検査と腹部超音波検査を実施したところ、副腎サイズの異常を確認し(副腎の確認が困難なほど小さい)、血液検査では腎数値の上昇、カリウムの上昇を認めました。追加でコルチゾールの基礎値を測定したところ<1.0㎍/dLと低値であり、強くアジソン病を疑いました。

心臓内の血液ボリュームも低下していたことから、まずは静脈点滴とデキサメタゾンの注射を実施し後日ACTH刺激試験を行いました。
検査の結果コルチゾールPost値が<1.0㎍/dLであることが確認され、アジソン病と確定診断した症例となります。

<アジソン病とは>
 アジソン病は副腎皮質の85-90%程度が破壊されることでコルチゾールやアルドステロンといったホルモンが生体が必要とする量より慢性的に低下してしまう疾患です。原因として、ヒトでは自己免疫による副腎皮質の破壊や結核性、真菌性などの感染性、特発性などの報告がありますが、小動物の場合詳しい発生メカニズムは明らかになっておりませんが、一部の報告ではアジソン病に罹患した犬の約2割ほどでチトクロームP450側鎖切断酵素に対する自己抗体が検出された報告があるため、小動物でも自己免疫機序が疑われています。

副腎は主に2層の構造に分かれており、外側を皮質、内側を髄質を呼びます。
皮質はさらに3層の構造に分かれており、外側から球状層、束状層、網状層に区分されています。これらの層は各々分泌しているホルモンが異なり、球状層は主に糖質コルチコイド(コルチゾール)、束状層からは鉱質コルチコイド(アルドステロン)、網状層からは性ホルモンが分泌されています。

アジソン病は副腎の多要因にわたる副腎の破壊や萎縮によるものであるため、上記ホルモンの分泌低下を引き起こし様々な症状が発生します。

アジソン病の症状の主な原因に関わっているホルモンはコルチゾールとアルドステロンの2つのホルモンと言われています。
そしてこれらホルモンの分泌障害の程度からアジソン病は2つのパターンに分類されています

1つは定型アジソン病、もう一つは非定型アジソン病と呼ばれます。
これら2つの違いはコルチゾールとアルドステロンの分泌障害の程度により現れる臨床像の違いにより区分されています。

前者の定型アジソン病はコルチゾールとアルドステロン2つの分泌障害により引き起こされます。
血液検査ではアルドステロンの分泌障害により血液電解質に異常を引き起こす(低ナトリウム血症、高カリウム血症、低クロール血症)のが特徴的です。健常犬のNa/K比は27-40であるのに対し、アジソン病の患者は27未満と低値を認めることが多いため、該当するようであれば注意が必要です。
その他体液量の減少から高窒素血症、高カルシウム血症を引き起こし、コルチゾールの分泌障害から低血糖を引き起こします。

一方非定型アジソン病はコルチゾールの分泌障害のみを認め、電解質異常は併発せず、血糖値の低下や消化器症状(慢性的な嘔吐、下痢、食欲不振)、振戦といった症状のみを呈します。

いずれのアジソン病も教科書上の理論的な内容であり、アジソン病であるのにも関わらず生化学検査で特徴的な検査所見を取らない患者も多々経験します。

<診断>
 アジソン病の診断は典型的なパターンを除き発見が困難なことが多い代表的な疾患です。
アジソン病の発症年齢の中央値は4-6歳、症状は慢性的な消化器症状、振戦、重症例の場合虚脱、痙攣を呈します。

診断ツールでまず有用なのは腹部超音波検査となります。アジソン病では多くの場合副腎サイズの低下が確認されるため、超音波検査で副腎のサイズを確認する必要があります。アジソン病罹患犬の場合副腎サイズは3.2mm以下になることが知られ、感度と特異度はそれぞれ90%、100%と高い数値が報告されています。
ただし注意が必要なのはこの情報は定型アジソン病の患者に関してであり、非定型アジソン病の患者においては、一部の報告では副腎サイズが3.2mm以下であった患者は56%にとどまったとの報告も存在し、超音波検査では確定的な診断が困難場合があります。
*ただし検討された症例数が少ないのと、組み込み犬種の多くが中~大型犬であったことから解釈には注意が必要だと思っております。

確定診断のためにはホルモン検査が必須となります。
検査はACTH刺激試験といわれる検査がゴールドスタンダードといわれています。
脳の下垂体前葉から副腎にホルモン分泌を命令するACTHといわれる副腎皮質刺激ホルモンが分泌されており、このホルモンを体外から注射し、注射後のコルチゾールの数値を測定することで確定的な診断を下すことが可能です。
健常犬であればACTHに速やかに反応するのに対し、アジソン病罹患犬は刺激後の数値が3.0㎍/dLを下回ることが知られています。もしACTH刺激試験後の数値が3.0㎍/dL未満であることが確認されればアジソン病と判断します。

またACTH刺激試験前の血中コルチゾール値がアジソン病の予測因子にならないか検討した報告では、アジソン病の犬では無刺激の血中コルチゾール値は2.0㎍/dL以下であり、86%の犬で1.0㎍/dL以下であったことが明らかとなっています。この知見から無刺激の血中コルチゾール値が2.0㎍/dLであればアジソン病を強く疑い、ACTH刺激試験に移る1つの根拠を得ることができます。

<治療>
 治療の内容は比較的シンプルで不足しているホルモンを体外から補充します。
日本国内ではアジソン病の主な治療約として酢酸フルドロコルチゾン(フロリネフ)が広く用いられています。この薬剤は糖質コルチコイドと鉱質コルチコイドの2つの役割をもち、定型アジソン病の病態に沿った非常に有効な治療薬といえます。

その他ピバル酸デソキシコルチコステロン(DOCP)といわれる持続型鉱質コルチコイド製剤が挙げられます。
この薬剤は注射剤であることと、1回の注射でほとんどの犬において3-4週間効果が持続することと、糖質コルチコイドとしての作用はなく鉱質コルチコイドの役割しか持たないことが特徴となります。糖質コルチコイド作用を持たないため、他の薬剤を併用しなければならず、代表的なものはヒドロキシコルチゾン(コートリル)と呼ばれる薬剤になります。代替品としてプレドニンの使用も挙がりますが、プレドニンを使用する場合はコートリルの推奨容量の1/4量程度で使用する必要があり、獣医師側がステロイドの力価の違いを理解している必要があります。

<まとめ>
 今回の患者様は血液検査所見と腹部超音波検査の結果から定型アジソン病と診断し早期に治療に移行しかかりつけの病院様へお引継ぎをすることができました。ここまでスピーディーな対応が可能だったのも、ひとえにご家族様の迅速な対応と前向きな検査・治療姿勢によるものと感じています。

アジソン病は検査内容を見ると特徴的な疾病であり、診断も容易に感じるかもしれません。しかし難しいのは症状が非常にあいまいで、軽度な場合は対症療法でも良化してしまい検査をし診断に手が届くまで時間がかかることが問題かと思っています。

 またアジソン病は獣医師の学術書によっては緊急疾患に分類されており、対応が遅れればアジソンクリーゼに呼ばれるショック状態にまで以降し最悪の場合は亡くなる場合もあるため注意が必要です。

 しかしながらアジソン病の予後(科学的にみたときの展望)はよく、良好なコントロールが得られれば天寿を全うできますので、アジソン病と診断されたご家族様は悲観的にならず治療に取り組んでいただければと思います。