犬種:イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル
年齢:9ヵ月
性別:避妊雌
*写真はご家族様のご厚意により掲載しております。
<概要>
他の病院様で巨大食道症を疑われセカンドオピニオンでご来院された患者様です。
もともとブリーダーさんのもとで管理されていた際にも繰り返す吐出が確認されていたとのことでした。
ご家族様と一緒に生活をするようになった後も毎日のように吐出を繰り返しておりご相談をいただきました。
レントゲン撮影の結果びまん性の食道の拡張を認め、その他肺野に大きな異常は認められませんでした。また血液検査上も明らかな異常は確認されませんでした。
(矢印:食道背側・腹側ライン)
過去の経過と年齢から先天性巨大食道症を疑い、シルデナフィルの投薬を開始したところ吐出の頻度が有意に低下し良好な経過を得ることができた患者様になります。
【巨大食道症について】
<概要>
巨大食道症は神経の異常により食道の運動性がびまん性、あるいは部分的に低下する疾患として知られ、さらに先天性と後天性に分類されます。
先天性の場合は主に大型犬種が多く、アイリッシュセッター、グレートデン、ラブラドルレトリバーなどが知られ、小型犬でもミニチュアシュナウザー、一部のテリア種にも好発することが知られています。日本国内では大型犬種よりも小型犬が多いため、先天性の巨大食道症に遭遇する頻度はあまり多くありません。
後天性巨大食道症は重症筋無力症、アジソン病、多発性神経症、自律神経失調症、鉛中毒、重度な食道炎で発生し、個人的には繰り返す嘔吐による食道炎で二次的に巨大食道症を発症している患者様に多く遭遇する印象を持っています。
巨大食道症の主な症状は吐出です。吐出と嘔吐は似て非なるもので、ご家族様から注意深く問診を取る必要があります。嘔吐と吐出の違いは、嘔吐は胃内の内容物が逆流するのに対し、吐出は食道内の食べ物や液体が胃に到達する前に逆流することを言います。
これら2つを鑑別するポイントは食事をとってから物を吐き出すまでの時間になります。あくまでも教科書上のお話となりますが、吐出の場合は食事をとってから数分、嘔吐の場合は数時間以上経過してから吐き出すとされています。ところが臨床上例外はつきもので、吐出の場合でも体位によっては食事をとってから1時間近く時間が経ってから症状が出る患者様もいらっしゃいます。
その他食事の量が物理的に低下するため低栄養状態から痩せていく患者様も多いとされており、命に関わる重大な合併症として誤嚥性肺炎を発症する場合もあります。
<診断>
巨大食道症の診断は非常にシンプルで、レントゲン撮影にて拡張した食道の存在を明らかにすることです。個人的には造影レントゲンを必要とするケースは少ないですが、診断に迷うようであれば造影レントゲンの撮影も考慮します。
さらに重要なことは患者様のプロフィールや病歴により巨大食道症のどのパターンに該当するのかしっかりと鑑別することになります。後天性であれば原因となっている疾患の治療により巨大食道症が完治する場合もあります。また先天性の疑いが強ければ今回の患者様のようにシルデナフィルの内服により症状の改善が期待できるため、巨大食道症がどのパターンに該当しているのかしっかりと調べることが重要です。
後天性巨大食道症の場合過去の統計上、75%が特発性(特発性:原因未定の意味)、さらに残りの約25%が重症筋無力症であったと報告がされています。
つまり後天性巨大食道症の1/4の患者様は原因疾患の治療により症状の改善が見込めることを意味しています。
また近年行われた調査により特発性びまん性巨大食道症と診断された患者のうち60.9%が下部食道括約筋アカラシアだったと報告がされました。下部食道アカラシアとは食道下部の筋肉に引き起る弛緩不全として知られており、この報告は巨大食道症のうち特発性として診断されていた患者が治療可能な病態である可能性を示すものでした。しかしこの下部食道アカラシアはホームドクターでは診断が難しく、Videofluoroscopic swallow study(VFS)といわれる、いわゆる透視下での嚥下検査をしないと診断ができず、二次診療施設のような大きな診療施設へのご紹介が必要となります。
<治療>
治療方法は巨大食道症のどのパターンに該当するかで大きく異なります。
先天性の場合根本的な問題の解決は難しく、対症療法がメインとなります。食道の運動性が低下しているため食後20分程度は立位の状態をキープし、シルデナフィルの内服が適応となります。シルデナフィルは血管拡張薬として知られ、犬では肺高血圧症の治療として主に使用します。このシルデナフィルがなぜ巨大食道症に効果を示すかというと、もともとシルデナフィルはPDE4阻害薬であり、NO(一酸化窒素)を増加させることで筋肉を弛緩させる効果を持っています。血管も筋肉で覆われているためNOの増加により血管の筋肉が弛緩し、血管が拡張するわけです。このメカニズムにより下部食道の筋肉を弛緩させることで巨大食道症の症状が緩和されているのではと推測されています。実際下部食道の筋肉を取り出し、シルデナフィルに浸すと筋肉が弛緩することが確認されています。
後天性巨大食道症の場合は特発性の場合は主に対症療法がメインとなるため、上記内容に準じることとなります。
二次的な場合は原因疾患を治療により症状が改善する場合があるため、患者様のプロフィールや経過などから疑わしい疾患の除外をすることが非常に大切です。
いかがでしたでしょうか。
巨大食道症と一口にいっても様々なパターンが存在し、しっかりと体系だった診断プロセスを踏むことが非常に大切です。
もし巨大食道と診断され、治療にお困りでしたらお気軽に当院までご相談ください。