股関節脱臼を呈した犬の一例

年齢:2歳4ヵ月
犬種:プードル(トイ)
性別:去勢雄

夜間に後肢挙上を主訴にご来院されました。
来院当時右後肢がやや内側に変位し完全挙上をしておりました。
その独特な後肢の状態から股関節脱臼を疑いレントゲン撮影を実施いたしました。

レントゲン撮影の結果股関節腹尾側脱臼と診断いたしました。

今回の症状が出る直前にフローリングで滑って転倒していたため外傷性脱臼の可能性を強く疑いました。また反対の股関節の形態に大きな異常は認められなかったため、初回は全身麻酔下による非観血的整復法を選択しました。

(整復後のレントゲン写真。股関節が元の位置に戻っているのがわかります)

整復後再度レントゲンを撮影し股関節がはまってることを確認し、さらに再脱臼を防ぐためホブル包帯を施し終了とさせていただきました。

2-3日の入院後ご自宅で安静を維持し生活していただいており、第7病日現在も股関節の再脱臼は認められておりません。包帯は2週間維持する必要があるためもうしばらく経過を見ていく必要がある患者様になります。

<股関節脱臼について>

✔ 概要
 股関節脱臼は決して珍しい疾患ではなく、小動物臨床医であれば必ず遭遇する疾患になります。
股関節脱臼は背側脱臼と腹側脱臼に大別されます。さらにこれらは頭側脱臼と、尾側脱臼の2つのパターンが存在するため、股関節脱臼と一口にいっても4つのパターンが存在します。

 股関節脱臼のおよそ8割は背側脱臼であり、残りのおよそ2割程度が腹側脱臼になります。背側脱臼と腹側脱臼では用いる整復方法や処置後の包帯方法も異なるためこれらは必ず鑑別する必要があります。

 股関節脱臼の原因は外傷性と非外傷性の2つに分けられます。外傷性は落下や転倒、交通事故などがこれに該当します。非外傷性脱臼は股関節形成不全、クッシング症候群などの内分泌疾患や後肢麻痺といった筋量の低下を引き起こす疾患から続発し発生します。外傷性と非外傷性の割合は圧倒的に非外傷性疾患が多く、一部の施設では8割以上が非外傷性脱臼だったと報告しています。

 股関節脱臼を引き起こしやすい犬種はトイプードル、ポメラニアンが筆頭であり、意外な犬種として柴犬も小型犬に次いで多い犬種になります。これら犬種の診療に携わる際は無理な保定はしないように注意が必要です。

✔ 診断
股関節脱臼はレントゲンが確定診断となりますが、レントゲン撮影をする前に実施すべき検査はいくつか存在します。
個人的に重要視しているのが視診と触診です。
実は股関節脱臼の種類によってはレントゲン撮影を実施した体位により股関節が整復されてしまうことがあり、股関節脱臼の証拠が何も残らなくなってしまうことがあります。そうならないようにするために、まずは視診と触診による股関節脱臼の疑いが強いのか確認し、疑いが強いのであればレントゲン検査時の体位に留意しながら撮影します。

股関節脱臼を引き起こすとまずは後肢を挙上します。背側脱臼であれば足先は内側に入り込み(内転する)、膝関節は外旋します。腹側脱臼であれば脱臼した足が長くなり、膝関節が内旋し足先は外転します。見慣れれば視診で脱臼を強く疑うことが可能となります。

触診では股関節と骨盤の位置関係を触知する三角試験、母子検査といった触診方法を用いることでさらに股関節脱臼の疑いを強めていきます。

レントゲン撮影は脱臼の方向を確認するうえで必須の検査となりますが、脱臼した足を牽引すると整復されてしまうことがあるため撮影時には注意が必要です。

✔ 治療
治療方法は非観血的整復方法(徒手による整復と包帯による安定化)と観血的整復方法(手術にて股関節を安定させ包帯で維持する)に2つに分けられます。

これらを2つのメリットとデメリットを以下にまとめてみました。

現在では学術的には観血的整復方法が推奨されていますが、臨床現場の実状は、非観血的整復方法に頼らざるを得ない状況であると思います。

背側脱臼の場合はエーマースリング包帯、腹側脱臼の場合はホブル包帯が適応となります。

(ホブル包帯の写真)

股関節腹側脱臼は股関節の強い外転や内旋した際に発生するため、ホブル包帯はこれらの動きを制御する包帯方法になります。慣れるまで歩けるようになるのに時間がかかりますが、器用なワンちゃんは問題なく歩いてくれ、日常生活に支障がでない子もいらっしゃいます。

股関節の整復以外にも、単回の麻酔で済ませたい、再脱臼の確立が非常に高いなどの状況であれば、大腿骨頭切除術が適応となります。股関節脱臼の患者様のご家族様には上記状況に合致するようであれば、必ず治療選択肢としてご提示しご希望があれば骨頭切除をご提案しております。


包帯方法は2週間の固定期間が必要になるため、今回の患者様はこれからも経過の観察が必要となりますが、ご家族様のご協力により現在までは良好な経過が維持できております。


このまま再脱臼を引き起こさず元気に生活ができることを心から願っているこの頃です。